翌日の午後6時。信治と里穂は西新宿にあるシティホテルのロビーで顔を合わせていた。
信治は重役らしくイギリス製の高級スーツを着込み、里穂は薄紅色のワンピースに淡桃色のカーデガンを身に纏っている。
信治がコーヒーカップを手にしたまま尋ねる。
「荷物は渡したのか?」
うつむいていた里穂が慌てて顔を上げて答える。
「は、はい。スーツケース2つに入れて」
「それにしても急だなぁ、もう戻るなんて」
「そうなんです。二人でゆっくりする時間もありませんでした」
「でも、結果的に良かったんじゃないか?」
「どうしてですか?」
「二人でいたら気まずかったんじゃないか?」
「そう言われれば、そうかもしれません」
浅く腰掛け直した信治がネイビーダブルの前ボタンを外し、これから起こることをあれこれ想像して怯えている里穂に、イヤらしそうな笑みを浮かべて話しかける。
「これからどうなるか、わかるか?」
青ざめた表情の里穂が頭を振る。
「いいえ、わかりません」
主の高圧的なまなざしが従者の瞳を鋭く貫く。従者は居住まいを正し、微かに震える両手を閉じた両膝の上に置く。
「これから調教プログラムについて説明するからよく聞くんだぞ。言っとくけど、拒否権はないからな。一度でも逆らったら、そこでプログラムは終了だ。俊樹にも報告する。いいな?」
膝の上で拳を握っている里穂がゆっくりとうなずく。
「まずは今日から10日間、予備訓練を行う。これは俊樹が望む性行為にオマエの体を順応させるためのトレーニングだ。内容は気にしなくてイイ。俺の命令に従ってさえいれば確実にクリアできる。細かい修正はオマエの様子を見ながら適宜行うから安心しろ。どうする? 拒否するなら今が最後のチャンスだぞ。よく考えろ」
顔面を昂揚させた里穂が小さなうりざね顔を上げ、これから絶対的な主として君臨するであろう男をそっと見つめる。
「すべては夫のためです。どんな命令にも従いますから、私を夫好みの妻に変えてください。お願いします」
そう言って、深々と頭を下げた。
腕を組んだ信治が満足げにうなずく。
「よし。里穂の覚悟はよくわかった。じゃあ、プログラムに入ろう。これからどこへ行くか、想像できるか?」
下を向いた生け贄が消え入るような声でおずおずと答える。
「こ、ここ、だと思います」
支配者がゆっくりと首を横に振る。
「オマエは何か勘違いしてないか? こんなところで調教するわけがないだろう。メス奴隷にピッタリの場所がほかにある。わからないか?」
「はい、検討もつきません」
「それならいい。黙ってついてこい。さぁ、行くぞ!」
二人が入ったのは歌舞伎町にある古めかしい場末のラブホテルだった。
部屋を選んでキーを受け取った信治が振り向いて、恥ずかしそうに体を小さくしている里穂の肩を抱く。
「こういうところは初めてか?」
「は・い…」
「どういう場所かは知ってるな?」
「は、はい、おおよそは…」
突然、信治が里穂の顎を太い指で摘まんで唇を冒す。里穂は一瞬抵抗を見せるが、その後は口の力を抜いて舌の侵入を許し、されるがまま我慢する。
里穂は羞恥のあまり体全体に痺れを感じる。いくらそういう場所とはいえ、ここはロビーだ。いつ別のカップルが入ってくるかわからないし、目の前には受付係が座っている。信治にキスされるだけでも恥ずかしいのに、人目のある場所で公然とされるなんて…。
顔を離した信治が、第1の命令を下す。
「パンツを脱いで俺に渡せ! パンストを履いてないから簡単だろう?」
驚いた里穂が見上げて尋ねる。
「ショーツをですか?」
両肩に手を添えた信治が黙ってうなずく。
「わ、わかりました。脱いできます」
里穂が首を回してあたりを見る。トイレを探しているようだ。
「里穂、オマエなにか勘違いしてないか? ここで脱ぐんだよ。当たり前だろう。すぐにしないと他の客が来るぞ。他人に見られてもいいのか?」
里穂が慌てて首を振る。躊躇している暇はない。命令は絶対だし、他人に見られるのは嫌だ。
里穂は前屈みになってワンピースの裾をたくし上げ、急いでショーツを足から抜き、丸めて手の中に収める。
「よくできた。さぁ、渡しなさい。はやく!」
両頬を真っ赤に染めた従者が捧げるように両手を差し出すと、眉の端を歪めた主が布のかたまりを半ば強引に奪い取る。
「まさか、感じて濡らしてるってことは、ないよなあ?」
主が純白のショーツを裏返してクロッチの部分を確認する。
「まだ濡れてはいないようだなあ。よし、合格だ。ラブホに入っただけで濡らすようなオンナじゃ調教する価値がないからな」
細かくバラの刺繍が施されたシルクのショーツが主のポケットに仕舞われる。
「あ、あの~。下着を返しては…」
主が言葉をさえぎる。
「返すわけがないだろう。このままノーパンで部屋へ行くんだ。当たり前じゃないか」
里穂は黙って従うしかなかった。
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